出雲大社の結婚式
出雲大社の結婚式

縁結びの神様といえば、出雲さん

縁結びの神様といえば、出雲さん。つまり出雲大社のことが、すぐ私たちの頭に浮かびます。どういうわけで、縁結びの神様というのでしまうか。

縁結びの由来

昔の書物に、大国主神(ダイコクサマ)と、妃須勢理比売とが、うきゆい(結杯)して、なかけり(うなじに手をかけることで、情愛のこまやかなさま)て、というふうに記し、ダイコクサマをおまつりする本殿と、その隣りに妃神をまつる大神大后神社が並んで、その間に隔てるものがないので、このこ両神のおむつまじさはまことに世のお手本と、縁結びの神と申し上げるようになったのだそうであります。

また旧十月は、諸国では神無月、出雲では神在月と申して、この月の十一日から十七日まで、諸国の氏神様が出雲にご参集、ダイコクサマのもとで各氏子たちの「縁ごと」「運ごと」をお図りになる、このことを縁結びと古来からよんでおります。この縁結びということは、ただ単に男女の仲を結ぶことだけではなく、人間がりっぱに成長するように、社会が明るく楽しいもの、また、すべてのものが幸福であるようにと、お互いの発展のためのつながりの結ばれることが、縁結びであるのです。しかし、その中でいちばん切実なものが、結婚の縁結びというわけでありましょう。


良縁のおみくじ

おもしろいことに、この期間申、諸国の神神がお泊りになるお宿を、東の十九社、西の十九社とよび、その神々の申で神名のわかるのは、産の神(塩釜さん)だけ。結婚の次にくるものはお産ということで、子授け祈願者のおまいりが絶えないし、または東西十九社前の老杉の木汝に、良縁を願う若き男女の良縁みくじの結びが、ちょうど百花のように、白い花を咲かせています。わざわざ遠く九州地方からも、ここで挙式する人たちもあるとか。十月の縁結び月から節分のころまでがいちばん多いそうです。この地方では、節分から節分までを一力年といケならわしであります。


出雲大社の結婚式

出雲大社独特の結婚式は、祝詞の次にある「神誠」と、「天の真柱巡り」でありましょう。
「神誠」とは、ご人の結ばれたキズナをいっそう意義あらしめるように、神々の国生み、国造りから発して、社会の一単位としての構成、さらに薪たな家族の構成、今後ふみゆくべき人の道を、神のみさとしとして、新郎新婦に説きさとすのであります。

また「天の真柱巡り」とは、ダイコクサマと須勢理比売の古き神ごとにならって、あらかじめこしらえておいた真柱(高さ約二督の黒、塗りの柱に剣、鏡、玉をとりつけたもの)を、新郎は右から真柱前で左へまわって右へ、新婦は左から真柱前で右へまわって左へ、それぞれ真柱前で交差することにより、一身同化の根本を示す、という式であります。きょうも、出雲の森に、挙式を告げる出雲楽がとうとうと鳴りひびいて・・・。


結婚式についての考え

結婚式は世間に対するただの形式、または手続きにすぎないという入もいますが、私たちにはそう思えませんでした。
長いこといい友だちだった私たちが、夫婦になるべきだということを、いわば自分自身の内側に発見したように、たとえ世間なんていうものはなく、二人きりでいても、ちゃんとした結婚式をしなけ九ばならないと思ったでしょう。

今まで別々だった者が一つに暮らすのは、どんな考えに基づき、何を目ざしているのか、はっきりさせなけれはならないし、それはただ心の中の了解だけでなく、結婚が現実であるように、現実に、具体的に表わさなければ意味ぶありません。結婚生活について、あらゆる点で責任を負わなければならなこいように、その始まりであり、縮図である結婚式についても、どこをつかれても自分自身の答えだ出せるようなものにしたかったのです。

私たちは、自分たちの結婚ということばかり考えて、必要なものを一つ一つおいて全体を作り上げてゆくような計画を立てていたので、式が近づいて、はじめて、親が考えていた嚇股的な形式と違うことを知り、びっくりしました。それで、かなり苦しい忍耐強い話合いが結婚まぎわまでつづきました。さいわい家族の納得も得、また先生や大ぜいの友だちの心からのお骨折りを受けて、ほんとうによかったと思えるような結婚式ができて、ただ感謝するはかりです。